『心と身体といのちのこと』メモ

心と身体といのちのこと

 

 

 

・心から立て直す、身体から立て直す、メルロ=ポンティの心身一元論も絡めてみるのはどうか?

 


自然治癒力は「良い方向に行く」、けれどそのプラスの勢いがマイナスの勢いより上回らないなら「間に合わせる/折り合いをつける」という形で表現される。それは仕方なく止まっているという感じだ。

 


・心の領域の話題を、身体の領域にして返す

身体の領域の話題を、心の領域にして返す

 

 

 

自身の退行、幼少期

・絵を描く

・小さい子の保護

・電車ごっこ

・レゴ遊び

・公園で運動

・折り紙

・砂場遊び

・格闘

・料理の本を読む 

 


・自閉の利用は、エヴァを思い出すい

 


愛着障害は、愛着の場が含まれるような状況を避ける。含まれないと確信が持てるなら自閉はしない。

社会的に成功しても自分の中に空虚さを抱えている。そしてその空虚を表に出すと傷つきが出るから、そっと仕舞い込む。愛着が絡まない場所以外で活発に活動するケースもある。

 


・「一度目のことを、一度目のこととして癒す方法はありますか?」───

神田橋先生はないと答える、わたしはその方法を知っている。なので自ら試してみて実証しようと思う。(わくわく)

 


・学習は情緒的な負荷がなければ、学習として意味はない。情緒を伴わない経験は身に付かない。

 

 

 

・胎児期の愛着障害は、記憶がないので振り返れないのと、「気分」がフラッシュバックされる。気分だけが蘇る。生後以降の愛着障害を,引き起こす出来事は、認識によって克服されてゆく

 


発達障害愛着障害はその人の歴史に原因を見出したラベルで、適応障害は「今」に原因があって適応できなくて調和させることに失敗した状態。

発達障害をもってる故に、愛着障害を持ってる故に適応障害となることはある。両方持ってるなら適応障害になりやすい。

 


・外側からの刺激に引っ張り出されて能力は高まる。それにはある程度時間がかかる

 


・小さく自由に動ける雰囲気を作ってあげる、場の調子を相手に合わせてあげることが抱えになる。抱えは、受容・受け入れるではなく「馴染みやすい」の方が適してるかもしれない。相手の対応の習慣パターンを使えるようなら雰囲気を作る。

その場が本人にとって慣れ親しんだものであるほど、その中でその人らしさが出てくる。

この時本人の中に変革していこうという気持ちがあるなら、自然と変革してゆく。

 


・従来の面接本は、相手が治療関係の場に馴染む人だけを想定して書いている。つまり治療という目的があって、それを求めるからこそ、こちらも自己紹介して「今日はどうされました?」と聞く流れになる

 


・気分と感情は異なる。気分は雰囲気、基底的なもの。

 


・分担執筆ではなく、「著者一人」の体系をまずは読み、そのまま丸ごともらいそれをスタンダードにする。 

 


・「感じ」「雰囲気」を蓄積することが判断につながる

 


・「出た結果によって、自分の判断は修正されてゆく」という前提を持った、基準をもつ

 


・患者と家族に仲良くケンカしな→「どこで折り合いがつかないか」を明確にする→ラベルを貼り曖昧化する

「ここは施術せずに様子を見ましょう」「時間が経てば変わりますよ」

 

 

 

・診察が終わって帰るために立ち上がって方向転換をする。このときすーっと翻るようになれば対話が上手くいった、という指標になる。身体がモビールの要素を取り戻してた。次の診察でも入ってくる時にそれが維持されてれば治療は上手くいってるぞとかんじる。

患者の身体の動作に参与していない部分、主に骨の部分にぱっと気がつく。

 


・音声言語による作用が、自然にひとりでに精神療法の作用を持つ

 


・識字学習のない文字言語を使わない方達の、雰囲気はじつに良い。しゃべってる言葉と身体の調和がいいから。同様に文字言語を使用してても、文字言語の奴隷になってない人も雰囲気はよい。

 


・文字言語に重きを置いてる人は大丈夫。ではなくて周りから重みを(置かれてしまってる」場合、文字言語を無批判に受け入れて支配されてしまうと身体のモビール性、自然治癒力が邪魔されてしまう。(全体性の意だと思われるが…?)

 


・「そうかなあ」と柔らかく言える関係はいい

・「そうかなあ」は健康度の高い言葉、「同意できません」はその逆

 


・「あなたの努力が足りないのではなくて、こうだからだよ」「あなたがおかしいのではなくて、一般的なものだよ」という平均化的な言い方は、ひとを安らがせるの面白い。

 


・神田橋さんは言語領域から心を紐解こうとしてるから、(心は音声言語と文字言語の二つをごっちゃにして作った概念」というのだと思う。けれど私はそうかなあ?と思う

心とはトリグナの表現であり、その時々のカルマとサンスカーラによって「欲望」を生起させる。欲望が生じれば、意味と価値が生まれ、本人が観たい世界が展開し始める。逆に欲望が生じなければ、(分節された価値の強弱が伴う)世界は展開しない。欲望とは不満足といっていい。不満足が我々に「企て」をするよう促すのである。全てに満足していたならば企てようとは思わない

 


・(哲学は脱学習)

 

 

 

・動きに参加していない部分を、時が止まってる部分を、参加させる。

逆に時が止まってる所を支えるために、他の部分が無理をするので早く老いる、そうし全体の足並みがまちまちになってくると病が発現する。

 


・「機能を発揮する場が与えられない・恵まれない」

 

 

 

・苦痛感は、自然治癒力の最低限の表現の形。苦痛の声を制圧するのではなく、苦痛の声は何を要求しているんだろう?というふうに読もうとする。

生命全体がそろそろ動きたいけどやり方が分からない時、苦痛として現れる。

 


・その生体の声を聞くことをしてみる

 


・苦痛とか不快感ってのは、治療的なサービスを要求している生体の声である。

 


・生体の自然治癒とは、「生体の維持機能」と「その生体の維持機能の許容範囲内での自己の揺さぶり」としてみてみる(保守と革新性)。

時代が変わると適応するために、革新部分が動いて自己を揺さぶり(学習の意欲)全体が変化してゆく、

 

 

 

・生体の維持を上回るほどの革新性は、生体の自助活動を破綻させ適応障害となってしまう。

 


・抱えのイメージは、のどかな田舎の自然、あるいは「同行者」「寄り添うもの」

・苦労や失敗が多いひとはその分引っ張ってこれるものが豊富なので、タフ

 


・「ここに2つの力がせめぎ合ってるねえ」というのは、理想的な揺さぶり。すると、苦しんでるひとを悩んでる人に変えることができる安全なやり方。

 


・今抱えている問題については「変わりやすそうなところから変えてゆく」「変わりやすそうな所を目標にして変えてゆく」

脳が変りやすそうと判断すれば、その援助としてサプリメントを与えたりする

 


・言葉を通して、方法を教えることで「明るい未来像」を植え付けている

・その人に使えそうなことを、簡単なことを教えてみる

・それをイヤだと言ってるあなたは正しいよと、ポジティブな評価をする。

 


・身体とこころを分けて話してみる。「あなたは頑張る素質があるのだけど、体の方がもう参ってしまってるねえ」

 


・あなた自身の中で方針が立ちつつあるでしょうと誘ってみる。選べせてみる。 

「何もできない」と言ってる人に「選ぶことくらいならできるんじゃない?」と選ばせてみる。これはどう?うん、イヤという選択は一番最初の原始的な自己決定権の行使。

そして本人が決めてきたら「ああ、それはいいね賛成」と、決めたことに賛成する

 


・今までしようかしまいか同じ所で止まっていたのが、「あ、しよう」「自分で決めよう」と動くことは自己の揺さぶり。現状を変更しようとする動きにエネルギーを与えているから。

 


・後押しではなくその選択を承認する。自分の選択に賛同者がいること。あなたはひとりで決めているけど、それに賛成する伴走者がここにいるよと示すことは抱えになる。

 


・選択肢Aもピーもなくて止まってる人に「確かにAもBもどちらか選ぶのは難しいよね」というのは抱え、逆にに「AとBを選ぶの難しいけどあなたが決めていいんだよ」は揺さぶり。

 


・抱えることで本人の中で自然な揺さぶりが発生して、そのうち、どちらかに動き出す。

 


・抱えによって自然な揺さぶりが開発される。

開発されない時は「そこで勇気を出してどちらかを選んではダメだよ」と言う。「それぞれに一理あるんだから、『動かずに考える』とはこうゆう時の ことを言うんだよ」と言う。

これは抱えありながら別方向の揺さぶり、「観察する精神を、平衡状態の中から救い出し、平衡状態を眺められる人にする」行為である。本人と一体化していた悩みを外在化し、他者とする。

 


・伸びる素質がどうか把握して、伸びるなと思えばもっと鍛えてもいいし、伸びないなと思ったら「まあこれでよかろう」と様子を見る感じ

 

 

 

①「動きたい」「留めている」2つのせめぎ合いを明らかにする(あるいは両立不可能な複数の願い)

②本人に「わたしはどちらがしたいのかな?」と揺さぶりが起こることに期待する

 


・神田橋先生の仕方は

「『留められる側の自分』(生命体/自然治癒力)はあなたの素質が認めた部分で、『留める側の自分』(不適応な学習)はあなたの素質が認めていないようなもので、自分を大事にするということは、『留められる側』が大事にされることなんじゃないの?」とうメッセージを送り込む

 


→「幼稚園時代にでてるものは今よあなたの中に残っているから、それを思い出して使うと可能性が広がるよ」という提案がそれをなす。

 


「留められる側」の力を増やすことで、それが「留める側」を揺さぶるようにする。それは留める側自身が揺さぶるわけではない。 

 


・「思い出して制御する」ことが自動化してるので、「ああ、自動化している」その自動化に気づかせて、自動化する前の状態に戻そうとする。

 


・何か物事を「留めている自分」に気づかせる・「動きたい自分」を応援する

 


・「相手の視点に合わせる」と抱えになる

 


・大事なのは「抱えられる」「揺さぶられる」ことです。

抱える・揺さぶり(成長と対処行動)は既に本人の中にあるから、後はその抱えに同調してもらい、その揺さぶりに同調してもらうことが、よいこととなる。

 

 

 

・「相手の誤りや悪を打破することによって、正しい教えに従わせること」は、本人の内側はますます動かないものとなり、かえって悪くなる

 


・視点をぴたり合わせてもらって、自分の感じにぴたりと合った応答を返してもらえたら、その後に気の利いた言葉なんか要らなくなり、自分が感じた重さで「そうね」と言ってもらえて「ああ、この人は本当に私を分かってくれた」と感じたなら、それでもう十分抱えられている。

そしてさらに「留める自分」と「動きたい自分」の葛藤関係に共感してもらえたなら、『本人の中で抱えと揺さぶりが起こり始める』。

 


・「もう長年そうやって来ていると窮屈とは感じないかもしれませんが」と言うことで、そこではじめて本人の中で「縛っているもの」と「縛られているもの」という葛藤関係を描くようになる。葛藤関係が生じるよう言葉を投げかけるんです。

 


「身動きが自由でないみたいね、何故だか知らないけど」という雰囲気で、葛藤関係を生じさせる言葉を投げる。本人の内側に自由には動けない元々の事情を思索させるかんじ。本人が「気が付かないこと」を揺さぶっている。

 


そうして本人が不自由さを何とかしたいなら、その試行錯誤を報告してもらって、また一緒に考えて「何でだろうね、いつ頃からそうなったの?」とやり取りする。

 


・「今日の見立てではどうもココに問題があるように見えるけども、そうゆう見方についてどう思いますか?何か思い当たることはありますか?」と訊く。そうして「だから今日はここだけ施術して、それで肩の痛みがどうなるか観てみましょうよ」と言う

 


すると本人は施術される人ではなくなり「二人でする治療活動」に参加することになる。「これは見立てであって仮説ですから」「こういうふうな見立てでやりますから評価の用意をしておいてくださいね」という雰囲気で言って、それで施術して「どうですか?」と訊く。

上手くいかないと文句言われて「あぁそうね」となる。

全部相談の形に持っていくとね、「相談ずくで施術してくれる先生」と「底知れぬ技術力を持つ先生」という認識を育んでゆくのです。

相談し合って分け合えば気が楽になるよ。細やかに細やかに心を配ることによって、気が楽になる

 

 

 

・自分が良くなっていることに気づかない患者さんには、「以前は…けれど近頃は…」や「まだ、本当のところは良くなってないんでしょうね。どうしてかというと、治療の効果が現れるのは枝葉の所からですから。私たちは枝葉が良い方に向いたら、この治療はいい方向に向いていると思いながら、やっていくのですよ」と言う

 


・「私の見立てが合ってるなら、施術している間に、施術しているだけでも、何らかの変化が症状の部分に起こるはずだから、帰られた後も少しずつ変化してゆきます。根本の部分の改善が進行しているかどうかが、症状の変化によって測定できます」と説明するとグッド! 

 


・「抱えられ」「揺さぶられ」の表現の方が誤解なく伝わる

 


「抱えられ」「揺さぶられ」が相手に起こってるかな?と思い続けることが技法上大切

 


・〈いのち〉に直接語りかける言葉、そらは心と身体どちらにも用いられる。

 


・いのちが妨げられてる(=生きづらい)構造のうち、「対処するために選ばれた方策」が適当でなかった為に困難は、更なる適応の方策を生み、それがドミノ倒し的に構築され適応の障害として表している。

その方策の登場した経緯を推理し、仮説として提示することで、「歴史理解の共有と未来へ向けた方策(治療仮説)」を作成する。

 


・治療仮説

「個体はこれまでの人生で”与えられたもの”としての困難を抱えて何とか適応を工夫し、模索してきた。その当時いくらか役立った工夫は、維持され繰り返され根を下ろした。しかし”与えられたもの”も、環境も、時間によって変化するので、同じ方法では事態との齟齬が徐々に大きくなり、適応不全が生じ症状へと繋がってゆく(下手さの拡大)。

いのちと環境の関係で採用され維持されてきた適応の工夫は、その当時の個体が取りうる最善の方策だったと仮定する。例え下手であったとしても。(いのちの知恵への畏敬)

 


・この治療仮説を二人で共有するのが望ましいが、ひとりで有しているだけでも有意義である。この治療仮説を基盤にして治療行為を進めてゆく。共同作業の雰囲気で

 


・本人の〈自覚できてる困り感〉を抽出できたら、こちらの〈援助の意図〉と手を結ぶことが簡単になる。

 


・見立てを確かめてゆくための問いかけは〈いま現在・この場〉から問いを進めるが、〈困り感〉が確認できるならその周辺の明確化から始める。

そして大切なのは「〈困り感〉それ自体を援助の標的にする」ことであり、困っている〈あなた〉は健康ですよという仮説の雰囲気で接することである。これは「とりあえずの健康部分の救出」を目的としている。

 


あとは本人の内にある〈自己的揺さぶり・革新性の志向〉が立ち上がり、それが好ましいドミノ倒しの展開を期待しながら待つ。見守る。

 


抱え一途で流れについて行くと「コツン」という躓き感じが現れる。おや?と思う。そのままで流れについて行くとまた「コツン」と躓く。これはドミノ倒しが止まった時の感触である。これが繰り返されるうちに同じ流れが同じ所で躓いてるらしいと推察でき、これは〈アタマ脳〉で感知しているのだ。

この時はまだ〈揺さぶり〉の時期ではない。

 


逆に「コツン」が治療者の身体全体で響き渡ったとき、〈揺さぶり〉の時期である。

この停滞部分的は、特に有用で、強力で、何度も使用されてきた対処努力のセット(固着)であるから、その「有用性」を明らかにするように推測を投げかける。(有用性を話題にすることはその対処努力を他者化する)

 


有用性の作用とその来歴を、プラスの評価を添えて話題にすることは、「対処努力の中からとりあえずの健康部分を救出する」作業である。

マイナス評価を添えると貶めの雰囲気が添えられてしまい、健康部分の救出が難しくなる。

 


他者化された対処努力はまず観察の対象となり、対話の話題となりやすく、その場から〈自発的な揺さぶり〉が起こり始める。

 


治療の基本方針は”与えられたもの”は、全て、すべて活用する。なぜなら”与えられたもの”は阻害状況から解放されると、自然な成長の結果として力強くなるからである。しかしその歩みは植物の成長よりも遅く、ゆっくりなので、希望をかける程度の扱いが好ましい。

神田橋條治の精神科診察室、読んだメモ

 

 

 

 

・相手の「情報提供力を育成」することが、外来診察の根幹となる。こちらがいちいち聞かなくても情報を提供してくれる雰囲気を育む

 


・忖度を投げてみて、こちらの忖度にぴたっと波長を合わせて来る人とそうでない人がいる。忖度に応じられない場合、合わなかった事態をスルーしたり、忖度に戸惑ったりする反応が帰ってくる。そのばあい発達障害系を疑う

 


・こちらが投げかけた忖度への反応で、相手の裏に流れている「理解の状態」を推察することは複雑な作業。

 


・こちらの意図が読めない場合「クリアな情報で話を進めていかないと、この人の脳がくたびれるだろう」とコミュニケーションの水準を決める。明確に、数字を使って聞いたりなんでも言葉にしていく。

 


・出会ったとき、脳に余裕があるかないかを見ている。受動的な振る舞いか、能動的な振る舞いか。

 


双極性障害は、忖度に応じた会話ができる

 


・投げかけた親しみがポジティブに受け取られるならば、「接近」に親和性があると判断。接近されることに警戒や抵抗感がないなら、愛着障害のことは考えなくてもいいだろうと考える。

 


・接近しすぎるか・程よいかは、親しみを投げかけた時点で分かる

 


うつ病はまず能力が下がり、次に気分が下がる。身体が動かなくなったり頭が働かなくなったり。双極性障害は逆でまず気分が滅入りなにもできない感情になる。

 


・なのでうつ病の人は、診察室に入ってきてまず辺りを見回し観察するという能力が落ちてるから、もしするならおやっと思わなければならない。

 


・困ったねえという雰囲気(指標)をだせば、相手から助け舟をだしてくれるセンスが双極性の方には多い。

 


・せねばならない、のような窮屈感は双極性の方にはできるだけ少ない方がいい

 


・相手がこちらに眼差しを集中している場合、愛着障害の接近するためか、統合失調症の防御のためのもの、二つある。

 

 

 

・接近するための、すがりつくような目線を感じたら「ぽとりぽとりと発する先から落ちてゆくような声の調子で訊ねる。静かに、穏やかに」

 


・愛着的な「投げかけ」や「場」を提示すると、愛着障害の人はそれに飛びつく。接近したり疑ったり。

 

 

 

 


本人に直接触れる質問はしないまま、「私はサポートの意志がありますよ」と見せる

 


・「これでいつか試して、報告してみてよ」という声かけをすることで、報告するために観察する状況になったとき一緒にしている雰囲気が本人の中に立ち上がる

 


・幼稚園で得意だったことは、今でも得意。眠っていても眠っているだけ

 


・解離してそうだなと思ったら、「あなたは何か言い残したことがあると思うから、それは今度紙に書いて持ってきてくれるといいよね」と伝えることで、解離しなくてもいいんだよというメッセージを送る。

 


・あまり解離を使わなくても生きていける状態にしたいため、診察室という小さな場所で、解離を使わなくても済む関係が一つでも出来れば、その部分が全体に波及してゆく。それがいつかは膨らみ治療の最終目標へと到達する期待を込めて小さなところから始める(フラクタル

 


・解離は、まず情報と自分との連絡が絶たれていて、解離がゆるんでくると情報と自分との繋がりが出てくる。そのあとその情報を他者(社会)に開示するかの選択を行えるかが最終目標

 


・「自閉の利用」、対人関係を薄くさせる、「意識なしに壁を作る」という複雑なメカニズムが壊れてしまってただただ筒抜けになっているから、社会に対して「閉ざす」ことを練習させる、「思ってることを言わない」ことを練習させる。

 


・「解離は必要ない」というメッセージは、もう無意識の防御はいらない、意識的な防御に変えていきましょうということ

 


・解離を解くことを目的にしてはいけいない、破滅してしまう可能性があるな

 


愛着障害の人は、「もう長いの?」と聞かれたらその音声には飛びつくが内容はスルーする。うつ病のひとは「もう長いの?」と聞かれたら、その内容に飛びつく。「ええ、もう5年です」というふうに。

 


うつ病、身体機能の低下、生命体としての機能の低下、だから「寒さに弱くなりましたか?」と聞くことにも繋がる。本来ある回復能力が働かなくなってることを想定している。「ストレスが蓄積した結果、脳と身体が持たなくなったのだろうと思います。いかに休むかが大切です」

内因性のうつなので、外部環境の具体的な原因探しよらも「今あなたの対処能力が落ちてるんですよ」と説明したほうが相手にとって分かりやすい。

しかし身体からのアプローチを目指すため、身体からの病を見落とさないように

(人間ドックで何か引っかかりましたか?」とか聞くことも大切 

 


・「仕事は生活のためにして、別に人生のための活動を作りますしょうね」という助言 

・負けた状況を許されたかどうか

 


・「アルコールを飲む」から「お酒を楽しむ」への移行をすすめる

 


・「「どんな時に飲むのか、飲むとどんなふうになるのか」をチェックして、自分で研究して教えてください」

並行して

「一番気持ちいいのは、どのお酒を飲んだときか?」も研究してもらう

 


・「これは対処行動だと、何かの役に立ってるからやめられないんだと思うように私はしているんですが、それでいいかな」

 


・常に自由裁量権はあなたにある言い方をする。束縛しない言い方

 


・圧迫感がなく、解放感がある場を作ろうとして、冗談など言える雰囲気があるとよい。

 


・人間でない場面の選択能力が保たれているかどうか

 


・援助がスタート、援助関係を作ることから始まる。「どんな援助が効果的で、さしあたり安心感を与えられるだろうか

 


・「いつからですか」「大分つらそうですね」

 


・半信半疑であれば終わらせ、へーとなるようならやらせてみる

(これは相手とこちらの関係性を示す

 


・「来週までそれでやってみるかい?」と誘う

 


・「なにか自分なりにこうしたら楽だということはないの?」

「それをしたら幾らか楽になるの?」

 


「手に汗が出るのは、緊張性発汗というんだよ」

「手に汗が出てるのは、緊張しているからだよね」

この二つを味わってみる。前者は客観的事実の味わいがあり、後者は内省領域・自己指摘なので悪い結果になる。

 


・人それぞれ気質を持ち、環境に適応できなくなると病として現れる。適応障害的な要素へ対処することと、自分の気質への理解と深めることへ促すのが神田橋流

 


・立ち入らない質問や間接的な情報だけでも、気質を把握できる。

 


・ハイタッチが好きかどうか。好きなら発達障害統合失調症のひとは好きではない。関係ができることに緊張があるので、仕方なくさせられている感じ。ため息。

 


・その人の分に応じて、その人の特徴を膨らませてゆく指導。「それならこんな方法もあるよ」、資質を活かして無理を求めない。

 

 

 

・援助が的確であったかどうかの指標は「気持ちがいい」かであり、反応全体が気持ちがいいならばその成り行きに任せて良い

『看護のための精神医学』メモ

 

 

 

 

・努力は、人がまったく認める気配がないときに無際限に続けられるものではない。

 


・一人で回ってる職場は、とくに努めて声をかけるようにしてほしい。

 


・秘密を打ち明けられそうになったら

「治療はチームワークですので、私はだけというわけには行きません。どうさても私だけというなら聞かない方がよいかもしれません、一般に後で後悔なさることがよくあるようです」

 


アメリカの精神科の訓練「仕事を終えても患者のことが頭から離れないなら主治医を交代したほうがいい。心理的に巻き込まれてるから」

 

 

 

・広い意味の精神療法をわかっていなくて、狭い意味の精神療法に熟練した人は医師であろうと看護師であろうと、患者にたいしてかなり危険な治療者。

 


・「自分」が妙に意識されてる時は、よい治療を行えていない。

 


・どんな患者にも見捨てないことが大切。こころのなかで「この人にも私には見えない何か良いものがある。それがいつか生きるかもしれない」と念じてみる。(祈りながら接すると、それは雰囲気や表情にでる。それが相手に良い)

 


・面子にこだわって最初の診断を維持になって固持し続ける医者は、よい医者ではない。

 


・よくなった患者に、病が盛んだった頃のことを話題にしてはならない。「あんなこと言ってたのに、今ではこんなによくなって良かったネ」と言わない。

 


・質問にはすでに治癒力がある。(逆に破壊力もある)

 


・直面化は信頼関係の土台がないと行えない。自分自身を見つめさせるのは破壊的になりやすい。「ここだ」と思ったタイミングでやってみる。「なんか違うな?」と思ったらすぐやめて仕切り直しして構わない、

 


・安定があって患者は安心してして変化する事ができる。

 


・患者が今「向かい風」か「追い風」か、「無風状態」かを見極めるのは大切です。 

 


・患者の力を弱めるのは何であるか?を考え、それを最小限にしなければならない。患者を凹ませたり、子ども扱いしたり、納得してない意見や結論を押し付けると彼らは弱くなる

 


・まず治療契約をちゃんと結ぶ。週に何回、一回何十分、料金、治療方法の説明という枠組みを示す

 


・関係が深まるほど、過去の人との関係のパターンがそこに現れる。

 


・治療が働くのは、治療時間以外のすべて。

 


「週一回」は治療が進展しやすい。その間に起こったことを話題にできる

 


「毎日会う」は患者についてあれこれ用事を思いついてしまい、こんなことしてられないという気持ちになるがそれに耐えること。こちらが無害でないことを伝えるやり方でもある。看護と治療に境がない

 

・患者が薬の作用に「賛成」すると、少量で効くようになる

薬の力でねじ伏せようとすると、大量の処方が必要になる

 


・「患者が変わる」のであって治療者が患者を変えるのではない。

「変化を円滑にし方向の発見を助ける触媒」を目指したい

『精神疾患をもつ人を、病院でない所で』メモ

 

精神疾患をもつ人を、病院でない所で支援するときにまず読む本』


「これは相手の主体性に繋がる行動かな?」という自問自答をする

 


「私たちがあなたをよくするんじゃありません。私たちを活用するのはあなたなんですよ」

 


パターンとして理解することで予測がしやすくなる

 


三代困りごとは「お金のやりくり」「毎日の食事」「人間関係」(職場・友人・恋愛など)

 


・セルフケア能力が上がるよう支援する

 


・自己責任が生じる経験を奪う事は何の解決にもならない。

管理するのではなく経験からの学びを積み上げるよつにし、自己責任と自己関与を生じさせるようにする、(例、薬を預かることなど)

 


過剰服薬したとしても慌てることはなく、ただただ「過剰服薬した結果がどうであったかを冷静に振り返り、どのようにすれば過剰服薬せずに過ごせただろうか?と一緒に考えていけばよい」のです。

 

 

 

本人が自分の言葉で伝えられる救助活動を、普段から行ってゆく(ヘルパーさんに電話をかけさせたら本人が電話をかけさせるように何度もしてもらう)

 


支援者は代理行動をするのではなく、自己責任・自己関与が得られる支援を目指す

 


・勇気づけのキーワードは「一緒にいる・やる」だと思う

 


・権利と責任を相手に返すということ(認めること)

 


項目

服薬管理症状管理対人関係

日常生活への援助本人主体の場合O薬が管理できない人に対して、預か管理できないのであれば、どの行動りや、代わりに病院へ取りに行く。につまずくのかを一緒にアセスメントする。

 


医療者主体の場合×例:幻聴があったら 「こういうことをしましょう」と看護師が主体となってアドバイスする。

 


傾聴しながらポイントになるところをひたすら悩みを聞く。もしくは聞かな一緒に整理する。

感情をもちながければいけないと思っている。ら、どのように生活を組み立てるのかを一緒に考える。

 


買い物、洗濯、片付け、お金の管理などを代わりにやってあげる。幻聴があった場合は、過去の対処方法を共有する。

前兆を一緒に確認し、それへの対処法を一緒に考える。本人と一緒にやれるところとやれないところを明確にし、どう行動すればい|いのかを一緒に考える。

 

 

 

・本人の主体性を取り戻す聞き方をする。(そして今を共有する  

 


「利用者が目指すのは、自分の専門家」

・良い時の状態はどんなものか、悪い時の状態はどんなのか予め自分で知っておき、言語化する

・「いい感じの自分」を保つためには、どのように生活を組み立ててゆけばいいのかリスト化する

・注意サインが現れた時は、(段階に応じて)どのやうに対処していけばいいのかリスト化する

・リスト化し可視化されることで、それが上手く行かなかった場合、修正していくことができます。(自己点検)

・そのような自分を他者に伝えておけば、自分で対処が難しくなった場合でも他の人に必要な助けを求めることが簡単になります、(他者に頼るという自立)

・このように利用者が自分の専門家になれたら訪問看護の終了を検討してゆく

 

 

 

 


①本人の「希望」は何か

・どんな生活や人生が送りたいか、最初は曖昧でもいい

・ここで語られ他者は看護計画の短期目標と長期目標に反映していく

 


②調子が悪くなるキーワード(キーパターン)は何か?

調子の波について語られる時、利用者から同じキーワードが頻繁にでてきます。その意味を明確にし共有します。

話の文脈の中で必ず行き着くキーワード・キーパターンは何か?と考えながら質問していきます。すると本人の中で調子が波打つタイミングが判ってきます。

(おそらく本人の病と生活への認識を上げるためのもの)

 


③いい感じの自分は、どんな自分?

あまり意識しない「いい感じの自分」を意識して言語化します。利用者が「いい感じの自分」とはどのような状態の自分なのか、そして「いい感じの自分」を保つために普段何気なくやっていること、役立つ工夫、自分が元気になるためにやってるありとあらゆる方法をリストにしてまとめます。

・さらに「いい感じの自分」を保つために、「毎日するといいこと」「時々するといいこと」を具体的に見つけ、これもリスト化します

 


④元気を失いそうになる注意サイン、引き金は何か?

・元気を失いそうになる引き金もパターンとしてあるはずなので、これも意識して言語化します。

・そしてその引き金が現れた時の「このように対処するとやり過ごせる」と言う対処法を決めてゆきます。

・社会で生活していれば引き金を全て避ける事は困難なので、例え引き金を引いてしまっても、早めの対処が行えるよう行動プランを立ててゆくのです

 

 

 

 

 

 

第二章

 


リストカットも「対処法の一つ」と捉えてみる

(問題行動も何かに対処するためのものと捉える事で、支援の展望が別角度から開かれる)

 

 

 

 


対応技

 


ケース1

①支援を受ける理由を受身にしない

「先生が受けなさいって言ったから」に対して「先生はなんで受けた方がいいと勧めたと思いますか?」

(これにより利用者の自分が支援を必要としているから支援を受けるんだ、という主体性が立ち上がってゆきます)

 


②一度口にした希望や目標はやり抜くべきだ、と過剰に期待しない

希望を口にしたのだから問題行動を取らずやり切るはずだ!と考えてしまうと、高確率で再びその行動を起こした時、「そんなことしたらダメだよ」「周りが悲しむよ」などの責める言い方や、叱責をしてしまうことに繋がる。

しかし支援者が利用者を叱責しても何の意味もない。

 


・自分を窮地から救う唯一の方法として機能しているのが、リストカット(問題行動)です。それを全面否定されたら、「リストカットをしてしまうダメな自分」と評価してしまい、その辛さに蓋をするためリストカットを繰り返す、悪循環になるのが見えて来ます。

 


・そして支援者の期待は「この人はやめると言ってどうせやめない」「口だけでやめる気がない」と落胆に変わってゆき、その感情が支援の対応に表れてきます。するとそれを感じとる利用者はますます「こんな自分はダメな人間なんだ」と思い込み、その気持ちに蓋をするためますますリストカットがやめられなくなります。

 

 

 

③看護計画を一緒に作成し、自己選択感・主体性を養ってもらう

・自分で選択する感覚がないと、自分の言動によって起こる出来事を引き受けることができず、人のせいにしてしまったりやる気が失われます。

報告者や看護計画を一緒に書いてゆくことは、支援を主体的に感じ取れる

 

 

 

④他の支援者を非難せず、それぞれの役割を本人に伝える

・本人に「ヘルパーさんは家事援助を目的に支援しているので、看護師と違って目の前でリストカットをすれば、止血手技は分からないので止めますよね?」と促し役割を伝える

・よくない対応は、ヘルパーを非難すること、あるいはヘルパーさんに加担してが「入院になるよ」と追い討ちをかけること、「頓服を飲んで休みましょう」などのはぐらかす応対です。

 

 

 

 


◯やめられない行動への効果的な対応技

・長年やってきたものをやめさせるのではなく、「気づいたらそれをしない時間が増えていた」という方向性でいくのが理想

 


⑤問題行動ではなく対処行動として提案してみる。

・辛いならリストカットを対処行動として位置づけやらせてみる。そして後にその効果を聞いてみる3つの質問。

・「それをしてどのような感情になったか?」「楽になったのであれば、その楽になった感覚が持続した時間どのくらいか?」「同じような効果が得られそうな行動は他にないか?」)

・やってしまわないように注意すること。「飲酒をしても楽になるのは一瞬だだたんじゃないですか?」と支援者が先に言わないこと。言葉をそのまま受け取って本人の置換スキルがないと判断せず本人のリソースの中で見つけていく。外部から提示された置換スキルは最初は受け入れられても自分のではないなで長続きしない)

 


⑥「感じるしかない感情もある」と伝え、感情を消そうとはしないで感情と付き合いつつ、一日一日を乗り切るための行動を決めていく。

上記を伝えてもリストカットや飲酒を毎日続けてしまうのが普通です、ここで気づいて欲しいのは「飲酒をしながらも一日一日なんとか生活している」点です。この乗り切っている経験を支援者と確認し合います。そのうち「時間をやり過ごす」行動に移る時もあるでしょう

 


⑦飲酒をしていない時の行動・感覚を言葉にする

・新しい対処法ではなく本人の生活から引き出す

・「飲酒をしていない時間は何をしているのか」「その時はどのような感覚が生じるのか」を確認しあう

・すると日常の何気ない行動とその感覚を言語化することで、じつは「自分を力付けてくれる感覚」「ホッとさせてくれる感覚」「活き活きとさせる感覚」といった自分らしさの感覚に繋がる行動なのだと自覚できます。

・これらのよい行動を認識し、増やしていくことで、彼らの「実生活から生まれた飲酒行動の置換方法」として機能します

 

 

 

 


ケース2

①飲みたい気持ちを隠さず言える関係を保つ(説教や否定をしない)

②問題行動のメリットとデメリットを検討し、天秤にかけどちらが大きかを確認し合う。そして引き金と対処法も決めることが出来ればよい。

 

 

 

 


ケース3

 


・「電話を代わってほしい」と言われたら「もし、言葉に詰まるようでしたら代わりますよ」とできるだけ自助能力を育むようにする

 


・客観的に状態が改善していても本人が調子が悪いという場合、あるいはどう見ても調子が悪そうなのに本人が調子が良いという場合

「調子を測るキーワードを共有し、調子を見える化」します。10段階のスケーリングで自分で点数化してもらう。そして調子のいいと思われる点数(例えば7)とそれ以外の点数では何が違うのか考えてみる

 


・「頭では分かっていても行動に移せない」視点をもつ。(説教じみたことを言っても逆効果

 


・本人が工夫してる点、努力してる部分を見える化し共有する。

 


・約束の破棄、だめな行為の実行を目の当たりにしても、「それはしないって言ったじゃないか」と言っても相手に響かない。本人が本当はどうしたいか?どうなりたいか?を再度確認し、そのための前提やメリットデメリットを確認する

 

 

 

ケース4

・興味あること、好奇心のあることを訊ねる

・いい感じの自分を思いだしてもらう

 


ケース5

・「なりたい自分の姿」をきく。何に問題と感じているか、その問題がクリアされた時になりたい姿、「本人の言葉」で言えるように支援します。

 


・なりたい未来像を聞いたら、こちらはついこれできますよ、Aをやれますよ、と言いたくなるがぐっとこらえる。

 


・「訪問看護では、生活面に現れる前兆やサインを捉え、対処行動を身につけるサポートを行います」「それにより病いに振り回されずに、自分の好きな活動にエネルギーが向けられるようになる可能性があります」という

 


・「どうにかしなければ」という支援者の強い思いによって、本人を脅さないこと。「どうにかしなければ」と思ったら「なるようになる」と考えてみる

・調子の良さをどんなポイントで測っているのか?

 

 

 

・問題や病気を軽減する方向ではなく(ついその路線を私たちはしてしまうが)、その病気を抱えたまま生活を組み立てる方向を目指す。

例えば「飢餓感という恐怖を抱えたまま、どのようにして生活を組み立ててゆくのかという「行動」に注目」します。

このほうが相手も取り組みやすいし、抵抗も少ないです。

 


・その症状は「常にその状態なのか?」「強く現れる時はどんな時なのか?」を聞く

 

 

 

・本人が「自助できている部分」(=一人で入浴など)に、サポートするのは不必要な行為。例え本人が強く要求しても断らなければならない。

 


・「症状と付き合いながら生活を組み立ててゆく支援をすること」など、支援の目的をしっかり決めて、できること・できないことを明確にする。

 

 

 

・症状そのものに焦点を当てるのではなく、症状が現れた時の「生活への支障」に注目する。

そしてその「生活への支障」に対して何を一緒にしてゆくのか?を二人で一緒に計画していくのです。

 

 

 

・道理の通らないわけのわからない要求は、本人の強い自己愛から来ている場合が多く、特別扱いされて当然と考えてることがあります。

こんな時は要求を呑めなくても「あなたのことを重要な人物だと思ってますよ」という雰囲気を作ることが、そのムリな要求を断る一つの方法です。

 

 

 

・自己愛的で威圧的な人には、「特別扱いをも求めなくてもありのままの自分でいいんだ」と言う経験を増やす

 


雑談を通じて、穏やかなエピソードを聞いた時に、威圧的な人に「Hさんは本来は穏やかな人なんですね」といい、YESセットをする。

そして威圧的な状態になったときに、「感情のエスカレーターしてきた時に、本来の穏やかなHさんに戻るために何か出来そうですか?」「その時はいつもだうしてるんですか?」(既存の対処行動の確認)として、対処行動にやくだちそうなものを探索してゆく。見つからないことが多いので見つかったらラッキーくらいの気持ちでいる。

もしあったら、「電話を切るという行動を対処として使いませんか?」と提案

 


・ワンアップが体癖となってる人には、追求や指摘、論破はせず、「本来のHさん」というキーワードを共有していき、激しい感情と付き合えてることを確認してもらう

 

 

 

 


「嫌だと感じたらすぐに関係を切る」ことを誤学習させない。

このために電話で支援の終了を言われても、次の予約に「必ず本人と会って対話」することが必要です。

もし電話でこれを了解してしまえば、嫌な気持ちになったらすぐ関係終わらせていいんだと利用者ば学習し、その後もやってしまうでしょう。

 


・その時「あなたはどう行動したのか?」と聞く。

「笑うところじゃないのにあの看護師さんが私のこと笑った」

 


「その時、あなたはどう行動したんですか?」

「その気持ちをら言ってはいけないと言いませんでした。怒られるかとも思った」

 

 

 

・「私に伝えたように◯◯さんにも伝えたらどう?」

「伝えられません」

「私には伝えられましたよ」

「今はできません」

こうゆうとき「今ここで行われている事実を共有する」

 


訪問看護をやめたいという思いがありながら、勇気を出して私に会って、思いや考えを言葉にした」これを互いに確認します。

 

 

 

・「自分の生活を整えるために、会いたくない人にも連絡をしているんですね」(したくないことをしているがそれへの工夫を確認している)

「そうなんです」

「具体的にどんなやり取りをしてるんですか?」

→これを工夫・対処行動として確認し、嫌な人と付き合うための工夫としてリスト化する

 

 

 

・人は無意識に行ってることは工夫だと認識できません。なので「言葉で確認」することが大切です。

すると「自分は嫌な人でも断絶するのではなく、工夫して付き合っていけている」という感覚が、自覚が、積み重ねられてきます。

 

 

 

102ページまで読了。

 


・相手のかだいに踏み込むと、対人関係のしんどさが強くなることを覚える。ただ意識しても結果はすぐに出ないこと、課題の分離を意識することは対人関係のしんどさから抜け出すためのスタートラインだと考えるとよい

 


・人を困らせる行動は、本人なりの対処努力の結果。視野が狭い、手数が少ないならそれを増やしたり方向を変えたりする。

 


・いい感じの自分のサイン、調子の悪い時の自分のサインを書いて→対処努力を 考える。実際そのプランをやってみて報告してもらう。できない場合が多いので、さらに調子の悪い自分のサインの2歩前に気づいてみたり、改善してゆく

 


・迷ったときは「その支援が、本人の自助能力を伸ばすためのものか、本人の自主性へと向か歌めに組み立てられたものかどうか」で考える。

 


・解決すべき課題を共有し、ひとつひとつ乗り越えていく話し合いのプロセスを踏む

 


・状態悪化の段階に応じて「やること」を決めておく

 


・「気がついたらこうなってた。覚えてない」と言われたら、「もし次に状態が悪化した時は、悪化するプロセスを共有したいので、あんなことやこんなことがあった、ということを観察してください。それを覚えておくことにより、状態が悪くなり切る前のサインを見つける手がかりになります」と伝える

 


・「症状として認識してること」と「生活での困りごと」を別々に聞く

 


・「生活の中で、普段はやれるけれど、調子が悪くなるとやれなくなることってありますか?」

 


・生活への支障は一気にくるのか、それとも段階的にくるのか?を確認する

 


・「普段自分では気づけないことでも、このように一緒に考えることで、生活面に現れるサインに気づくことが出来ましたよね。このサインが現れたらどのように対処したら効果があるのかを、一緒に見つけていきましょう」と説明する

 


・対処努力が不適切なものだと感じても、まずはその行為が「本当にその人の希望/なりたい自分に繋がったものであり機能しているのか」を確認する。

それが不本意なものだと本人も感じてるなら「人を攻撃してるときは、あなたの選択する力や、希望の感覚が弱まってる時なのかもしれませんね」と共有する

 

 

 

 

 

 

・良い感じの自分を発見するた目の質問項目

 


食事

清潔

日中の活動と休息

睡眠

人との関係

内服や治療に対する思い

 

 

 

・看護計画のフォーマット

①「利用者がどんな思いを持ちながら生活してるのか」を共有し紙に書く。状況が悪化したとき本人の思いに立ち戻ってかんがえることができる

②「家族や支援者がどのような思いでいるのか?」を利用者自ら考え共有します。サポートしてくれる人達のことも考えながら、生活を組み立てる工夫を見つけられるようにします

③本人の目標を考えます。どうなりたいのか。

④共有してる問題点。支援者ではなく本人が感じてる問題点を確認します。

⑤現在の生活状況と観察項目。はじめは行ってるセルフケアを確認し、訪問を重ねるごとにセルフケアの推移と精神状態の関連を、本人と一緒に確認していきます。

⑥本人の現状認識。症状などの認識。利用者側の言葉で確認

⑦生活にでてくる調子の悪い時のサインを見つける

⑧サインが出てきた時の解決策を一緒に考える

 


──

 


本人の内的認識を確認する「◯◯をしてしまう時の状況はどんな感じですか?」

対処努力を確認する。その対処は対処として機能していたかも聞く

「そんな時に、これまではどのような生活をしていましたか?」

「入院は対処になりましたか?」

 


・「利用者が感じている苦しみの構造」を明らかにし、解決に向けた方法/取り組むことを一緒に確認する。

 


調子をよくするための普段から行うことは、解決策のひとつ(予防策)

『心身養生のコツ補講50』メモ

 

 

やってみたいコツ

・地球すべてを聖霊のエネルギーで充す

・恥骨結合を意識して、動く

・「これは私だ」と唱える

・手首で動かす

聖霊のエネルギーを外部まで満たし「聖霊が主導する」意識で動く行為する

 

 

 

 

・「いのちのフル回転」があるから「全き休息」が生じる。生命をフル回転させるから休もうとする、けれどこの準備なしに「全き休息」を目指すのが、大量の薬物療法

 


・「活動の機会を与えられていない資質が、活動の機会を求めて休息の邪魔をする

「挫折に遭ったせいで活動の機会を失った資質」を再起させる

「再活動しようともがいている資質を把握し育てる」治療方針

 

 

 

「資質のもがき活動の探索・察知」の仕方

①症状(課題)の中に隠れた「資質の可能性や欲求」を探す

②挫折体験の中に資質を探す

③治療者が提示したものへの反応、特に抵抗の中に資質の片鱗を探す

④文化汚染の少ない幼少時代の「生活のあり様」「思い出」の中に資質の発露を探す

⑤中学生や中年期の空想の中に、資質と願望の回復への志向を探す

 


⑥夜の夢の中に資質と願望を探す

⑦治療経過の中で起こった小さなリラクゼーションを精査して、資質の充足体験を探す

 


・どんなものに憧れるのか?何に憧憬するか?

 


・相手の姿をみた「一瞬」、こちらの内側に流れる感触。を味わってみる。第一印象と同じく大切にしていい情報。

 


・相手の「進もうとしてる」「進みたいと思っている」がまだ選択されていない未来像、あるいは「諦めている」未来像、人生上で置き去りにしてきた資質や願望を察知することがあります。

それを告げる形は、相手の意識の辺縁に置かれていたテーマを、主役の位置に導いて、(本人の自尊心と自己愛を擁護しながら)自己省察活動を鼓舞します。

これは「楽しい対話」になります。

 

 

 

・相手に乗り移ってる時は、意外にも「適切な距離」がある。

師に溺れるとはこれの逆で、乗り移ってるのではなく「乗り移られている」状態。我が溶けてる状態。場合によっては教条や組織に取り憑かれるようになるのだ危険

 


・日常的に「乗り移ってる」ことをしてると我を忘れることはない

 

 

 

・「困って苦しい」状態は、援助を求め必要としている状態です。なのでまずは一般的な援助を提示します。ここからが「現場の芸」の始まりです。

 


結論は「細やかな援助、への細やかな反応を捉える」こと。これが熟練すると「微かな援助、への微かな反応を察知する」状態になる。

 


(細やかさとは、行動の変容を示唆するだけで指示しないことや、細やかな刺激による働きかけなどの概念が含まれている)

 


具体例でいえば、

 


「泣いてる人にティッシュで拭いてあげるよりも、ティッシュの箱を差し出す方が細やかですし、ティッシュのはこの方にこちらの注意を向ける方がより細やかです。」

「今、何かしましょうか」と問いかけるのは微かな領域の援助。これは微かな援助「意向」の送り込み。援助と観察の手続きでもある

 


→こちらが提示した援助に、「自然で滑らかな」反応が返ってくるなら、本人にとってなれ親しんでる「やり取り」であり「人間関係」です。

 


躊躇いの反応が返ってくるなら、これこらの治療関係にとって重要な「援助されることのアンビバレンス」を示唆してます。本人の過去の歴史に由来する者であると想定します。(例えば医療被害や愛着障害

 


(2つの相反するルールの間で、身動きがとれなくなる葛藤状態といってもいいのかな?)

 


全ての「働きかけ・問いかけ・助言」において、観察と、「図」「地」の再構成を続ける。すると「歴史を背負った人物像」が描かれ、本人の「地」に組み込まれたフラクタル的反応パターンが浮かび上がってきてます。

そうして、こちらの援助・助言・指摘が、そのフラクタル構造にどのように「関わり、揺さぶるか、揺さぶらないか」が想定できるようになります。

一言でいえば、顔色/様子を伺うってことです。

これを想定できる段階に来てから、ようやく、「パターンを活用したり、パターンに呑み込まれて生きてきた掛け替えのないその人」に接してる充実感が湧いてきます。しみじみと。「うん、これだ!」的な感覚でもある。

 


以上は、「図・診断」への接し方でした。

(地と図の話は全く説明されてないので分からない、推測では地とは本来、図は学習や文化に近いものを指しているのか?)

 


次は治療援助の方針を作成するための症状への接し方です。

まず症状を「失った」の現れと「対処努力」の二つに分けます。

 


「失った」を現す症状は、」うつ、引きこもり、食欲がない、頭が働かない、動けない、かん黙」などです。これらに対する神田橋の治療方針は「頑張らない・無理をしない」です。そしてエネルギーがどの程度回復してきたかを測るため、自覚的観察の対象にするよう患者に指示します。

 


その他の症状は「対処努力」です。特に多くのエネルギーが使われてるものほど治療の手掛かりとなります。これへの援助方針は「方向を変える・対象を広げる」です。

 


破壊なら→何かを蹴飛ばす、紙袋を潰す、ボーリング競技

 


食べ物の好き嫌いなら→好きな食べ物のさらなる選別、新しい食べ物の発見・開発をする、バーベキュー、自分で料理、と対象を広げるてゆく。

 


文句・議論の多い人は→討論番組にツッコミをいれる、サラリーマン川柳、(ブログやTwitterの論争もありかも?)

 


万引きなら→観光果樹園、山菜採り、潮干狩り、釣り堀

 


漫画三昧なら→マンガを描いてみる、指人形芝居

 


──とにかく本人とアイディアを出し合って、話し合って、試してみます。

そして二人で話し合ってると本人がこちらの意見に反対することがあります。この時は「喜び」の瞬間であり、「対等に意見が出せた」ということであり、治療関係の芽生えの瞬間です。

(逆にこちらの意見に反対意見が無いときは、対等ではないということなのだろう。だから対等な関係にあれたことを喜ぶのだと思う)

 

 

 

 


・我雪と思えば軽し傘の上

一動全動が達成された状態は、「すべての細胞は一個の細胞のために、一個の細胞はすべての細胞のために」

椅子などを自分の身体の構成部分だとイメージして、持ち上げてみる。自他を一体化させる。それは自分の一部だ、とイメージしてみる訓練。

 


「骸骨が動く」「骸骨が走っている」「骸骨が体操している」と呟いてみると、充実感のある動きになります。ある。

 

 

 

・挫折は工夫のはじまり。挫折をきっかけに工夫しようとする

・O脚という症状に、自然治癒力の発露をみる、折り合いをつけようとしてる働きを感じる

・問題や症状を、「ある何か」を回復させようとするもがきの活動

 


・核になる治癒のメカニズムは、「退行」である。退行の蓄えが豊かであるほど、緊急避難法、挽回法として働く。

 


・観察し、指摘する。指摘して潜在力が賦活されたならば、自由に伸び伸びと遊ばせる器が必要。これが関わりの理想形でしょう。

 


・目利きと遊ばせる度量

 


・生活場面であれこれ指摘するのではなく、「モデルを示す」(自らの言動で)。これが人を育てる度量

 

 

 

・「情緒を伴う関係」を減らす話法。相手に入れ込んだりせず、関わりを最小限にする姿勢。情緒を閉ざして行う奇怪なシングルメッセージ。

 


・本物の双方向性の関係が成り立つには、「共に変化しうる」という暗黙の前提を有しているかです。「片方だけが変わる」ことを前提にしたコミュニケーションは双方向性とは似て非なるものです。理論が確立した精神療法はこの危険があります。

 


・「共に変化しうる」関係の前提にあるのは、基本的信頼感。(基本的信頼感は愛着体験に由来する)

 

 

 

・共に変化する関係のコツは、変化しようと意図しないこと。意図すると表面的な変化への道に行ってしまい、大切な変化が置き去りにされてしまう。

 


懸命な関わりの途中で「あれ、変化した?」と、ふと気づくのが望ましい過程です。

 

 

 

・数字に汚染されてない活動や領域には、「いのちのやすらぎ」がある。

数字は人類文化の最強ではあるが道具である。数字には服従せず、嫌悪せず、主体であるいのちに役立たせる。

 

 

 

・こちらの知識・方法・アイディアを「してみない?」と言って教えてみる。

「してみたらいいかもしれないよ、やりたかったらしてごらん」という誘い方

・できるだけ相手に自らを助ける力を移して、あとは本人がやっていくのがいい。こちらの手間を省き楽をするのです

 


・部分の中に全体が微かに現れてる

 

『心身養生のコツ』のメモ

 

 


やってみたいコツ

・8の字センサー

・入江フィンガーテスト

・頭蓋骨を緩める

・大きく・小さく

(①気が主導で全身を揺らし200個の骨が全てバラバラぐにゃぐにゃにクラゲのように揺れるイメージで、舌トントンしながして止まったら終了。

②気が主導で「十本の指/幻の尻尾/頭頂」を引っ張られるイメージをして、全ての関節、骨同士の隙間、が広がるイメージをする。体全体が風船のように膨らむイメージ。舌トントンが止まったら徐々に緩め二分くらいで初めの体の大きさに戻す。

③気が主導で、関節の隙間が狭くなり、体全体が縮むイメージをする。

④最初のクラゲの動きで締める)


チーターの体操

(①うつ伏せになり、手足の指先で地面を掴むイメージ。②幻の尻尾をイメージしゆらゆらさせる、背骨と骨格全体が動かしやすいことに気づく③わずかに動いて全ての骨が動けば達成

 


・『靭帯・関節ストレッチ』で部分↔️全体の連携ができるようになれば、「システムとしての骨格」、システム全体として動けるようになる。(命門を総括中枢として)これは一動全不不動のはじまり。一つの動きに200個の骨が参加する。

 


自然治癒力が働きやすいように、状況を整える意識

・文字文化と合理的思考の独裁が、いのちの健康を損なう

 


・養生は「個体とその内部の折り合いをつける」か、あるいは「個体とその外部との折り合いをを付けるか」の二つ

 


・学習し「選び取ったもの」が基盤プロセスと相性が良ければ、互いに溶けあい、のびのびとしたいのちになります。相性が悪くとも、現状の守りや事態打開に役立ったものは「選び取られ」便利な道具として「癖」となりいのちにくっ付きます。つまり溶けあいませんし、このくっ付いたものはいのちの伸び伸びさを損ねます。

この「癖」はいのちの工夫での成果であるため、捨てるのではなく、再利用することが望まれます。資質を活かし、癖を再利用します。

 


・無意識に眠る「資質と癖(=学習)」を発見し、発掘し、再利用することは例えほんの少しでも「いのちの輝き」の雰囲気が生じます

 


・環境操作、改変が人間の力であるが、それを物質世界で満たさない場合は、アストラル界で行う。それは物語と呼ぶ

 


・「気持ちがいい・悪い」の感覚をつかって取捨選択する

 


「この気持ち良さをもっとよくするにはどうすればいいだろうか? 何があればもっと良くなり、何がなくなればさらに良くなるだろう?」と問いかけ自由に連想し空想する。

「なぜ気持ち良いのか?」という問いかけはしなくていい。

これは信頼できる羅針盤を自己内部に作成する方法。 「〜したい」を感覚する。

 


・「気持ちがいい」では感覚を掴めない確かにならない人は、「いい気持ち」と言い換えてみるとうまくいくことも。

 


・「したい」を明らかにして方針を立てるのは、からだから心へ、下から上へ、意向が伝わる形です。

 


・訓練とは、常に目的に沿った行動が取れるためのものであり、心身のコンディションを無視するものでもある。

 


・「頑張る」は、「目的」「方法」「いつからいつまで」「その後の休息方法」の4点を考える。この四つが満たせないならそれは苦役であり、満たせるならトレーニングとなる。

 


・しなければいけない、止めてはいけない、などの二重否定は言った方も聞いた方も心身に有害である。

「〜すべきです」はそこまで心身に害はない。二重否定の形ではないから。

 


・頑張ることは「柔らかな・優しいこころ」を失わせる

 


・「陰は支え、陽は導く」

 


・「意」が「気」を動かし、「気」が最終的には身体を動かすのが熟練の境地

 


・200個の骨を動かすシステムには、総中枢と地方中枢がある。前者が命門。

 


命門→仙骨の中央・蝶形骨・第七頚椎→ 支部(距骨・有頭骨)

総括中枢は「一動全不不動」ができているか確認するためのものであり、ここから動きが生じるとは考えない。

 


・いつもの生活習慣の「逆をやる」ことが養生となる。

 


・与えられてたもの、を列挙してみる

・乳児期以降は、先天的に与えられたものと、外界環境において、どう折り合いをつけたかの「学び取ったもの」が大きな割合を占める。それらを構成された人物がとある環境において適応できなくなると、発病する。

 


・学習における治癒や養生は、「既存の学習結果への修正」か、「新しい学習を身につける」こととなる。それは訓練とよぶ。

 


薬物療法はその場しのぎで時間稼ぎであり、根本的な解決は本人にとって「相性の良い環境」への移動となる。あるいは「自分に合うよう環境を変化させる」。この二つが上手くいかないときは、「自分の信念体系を変える」こと。

 


・退行は、時間稼ぎ+学習体系の立て直しをはかれるやり方。貯蔵されてる学習体験を賦活し再登場させ再利用する。一人の人生の温故知新。

 


・使い勝手が悪くなり、生きることを不自由にしてる学習体験群は「癖」として現れる。それが整理され伸びやかになると再出発となる。

 


・養生の目指すのは、「変えられるものは変え、変えられるないものは生かして生きる」

(とはいえ本来変えられないものはない、変えられないと思っているだけ)

 

 

 

・本人の得意なことをやらせ続けると、意欲が出て、他の領域も伸びてくる。一部分が伸びると他の機能も伸びる

 


発達障害の人の、ダメな所を探してそれをどうにかしようとしても、くだびれるだけ。不得意なことではなく得意なことをやらせる。

 


・本人の過去から原因ではなく、活用できる「可能性」を探す。

 


・症状は、自然治癒力の歪な現れる方なので、それを消すのではなく、症状に密かに現れてる「可能性」を見つけることが役に立ちます

 


・幼稚園時代の資質は、純粋。汚染されてない

 


・人生に挫折し「選ばなければよかった」と後悔した時、逆に「選ばなかったもの」に注目してください。選ばなかったものを探してください。資質と相性が良いのに当時の事情で選べなかった生き方が含まれてるものです。それを今賦活してその生き方をしてみるのは気持ちいいことです。

「選ばなかった生き方、捨てた生き方、諦めてしまった生き方」の再雇用は、大きな癒しになります。

 

 

 

 


相性の良い漢方薬の見極め方

①飲んで状態が良くなる

②飲み心地や味が気持ちいいと感じる

 

 

 

・本人の「日常の常識を改めて考え見直しさせたり」「生き方の細部を理解できるようにしてあげる」会話の方がいいよ。過去の苦しみや原因に目を向けさせるよりも優れている。

気軽に話し合える雰囲気をつくる、

図解『もしもウサギにコーチがいたら』メモ

 

 

ウサギの7つの特徴

・見たいものを見て、聞きたいものしか聞かない

・説教なんか聞きたくない

・「好き」なものにしか興味が湧かない

・何が問題か分からない

  ・質問ができれば解決も近い

・自分の理屈でしか動かない

・自分の話は聞いてほしい。最初から最後まで聞いてほしいし、自分の話を真剣に扱っているかが大切。

(助言や忠告はしない、結論を先に言わない、口を挟まない)

 

 

 

・わたしから”わたし”に話す、という意識。あなたはわたしであるからこそ丁寧に扱う

 

 

 

 


向き合う7つのコミュニケーション

・教えるのは一度に一つだけ、一度に二つは覚えられない

  ・自分から聞きにきた時は聞く用意ができている、「聞かれた時に答える」

・アドバイスはしない

  ・して欲しいことはきっちり要求する。遠回しな言い方はしない

・反省させない(反省させると自主性がなくなる)

  ・反省ではなく改善策を3つ出させる

  ・すぐにまた行動することを要求する

・失意や挫折に長居させない

  ・そこにいると恐れが増大し、行動しなくなる

  ・「今回のことからどんなことを学びましたか?どんな教訓を見つけましたか?」「どんな力や技術が必要だと思いましたか?」

 


・苦手なことを克服させない

  ・得意なことを伸ばす

  ・本人が望むところに、望む方法で、うまく到達するようにすること

・関心をもって見守る(管理しすぎない、放任もしない)

  ・休んでも良い雰囲気がある、その選択肢がある

・レッテルは貼らない、決めつけをしない。

 ・誰かに貼られた悪しきレッテルはささっと剥がす

 

 

 

 

 

 

・悪い予想は事前に体験しようとし、そのショックをやり過ごそうとする。このプレショックは実体験と同じストレス化に陥らせてしまうので、何度も繰り返すと感覚が麻痺してしまう。コーチは相手のプレショックの物語を訊いて受け止めてあげるとよい。

 

 

 

・ウサギが反抗的になってるなら、「自分は認められていない」と思っているので、褒めましょう

 


・要望は断られて当然と考え、何度も伝えましょう。

  ・不満の形で要望しない

 


・「Aができないのは、何が障害となっているのだろう?」

 


・自分自身のしてきたことを振り返ったとき、自らの成長を自覚し、達成感を味わうことができる

相手がどう到達したか、どう変化したかを「事実ベース」で伝えることで達成感を喚起させます。判断や評価は入れず事実を伝えること

 


相手がまだ気づいていない成長や、潜在能力を察知し伝えることも有効です。

・「あなたは私や私たちにとって、こんな良い影響を与えている」ということを伝えましょう

 


・「あなたってどんなひと?」と聞く。一回め二回めは緊張したり拒否感であまり話してくれないかもしれないが、三回めと続けていくうちにより話してくれるようになる、かも。

自分のことを話すのはひとは好きだからという前提