プロデューサーは「善と美」を判断する

 

 


今まで監督・プロデューサーというものに怪訝な気持ちを抱いていたが、この役割が【「善と美」を判断し決定する】ものならば、確かに大切だと思える ジョブスは一流技能士でもなんでもないが善と美の最終決定者であったからこそ(そしてそれが普遍性ある善と美だったからこそ)評価されているのだなと
 
逆にいえば、何が善で、何が美なのか、目の前にあるものはいかにして善くて美しいのかを judge できるか?  というのは大変稀な力なのだろう。 いかにスキルやテクニックがあり物を作る力があっても、何が善と美か分からなければ「善いものは生まれない」「美しいものは作れない」のだと。